2020/11/16
油断大敵です。地方に暮らす私は、あぁ。人口密度が多いところは、さぞかし大変だろうなぁと、お見舞い申し上げたいですね。だってね。私の住む里山は、ほんに自然界の中にすっぽり包まれているようなものです。
今日は、ソロプチミスト大田の定例会があり、出かけたところですが、会員さんが13名ですので、ちょうどコロナウイルス対策をとっての会が開けます。いろいろなお話が出ますが、柿のお話が出ていました。そこで、私は、「煩悩即菩提」のお話をすることができました。西条柿は、そのままでは渋くて食べられません。皮を剥いて、吊るします。何日か、秋の日よりに干します。すると、黒くなり、堅くなります。それを頂くと、とてもおいしくいただけます。丁度、人間も、煩悩だらけで、我利我利亡者です。それを、利他行を積むと、菩薩様のように、柔和な人柄になります。そんな、お話を皆様にしたところです。
私は、この土日のお休みに、不思議な体験をしました。といいますのは、今年は、このコロナ禍に有って、不幸のお知らせがなく、年賀の喪中はがきが届きます。古い親戚で、随分とお世話になった方達が亡くなられましたので、お悔やみやお経あげに参りました。
亭主の曽婆ちゃんのお里のお家でした。気の遠くなるような歳月です。その曽婆ちゃんは、江戸時代の末期の生まれで、明治の20年頃に、安濃郡の多根村にお嫁に来て、明治22年に子どもを授かります。その子どもが成人して、母親のお里の近くで学校の先生をします。その男子は、山口に戻り、都賀から、大正10年にお嫁をもらいます。そして、大正11年に娘が生まれます。その娘は、成人し、結婚します。そして、昭和20年に亭主が誕生しました。 凄い事です。実は、私たちの命は、そうやって、何代も何代も、重ねられて、今の私たちの命につながります。誰一人、つながっていませんということは、ありません。本当に命の不思議を、こうして身近に感じることができます。