2020/08/20
私たち人間は、意識の深いところに本当の私があります。「分かっちゃいるけどやめられない」「誰も見ていないからいいや」などなど、すこ天知る地知る己知る。もそうですね。これは、誰もが持っている意識作用です。それが、八識(はっしき)といいます。
一つは眼識(げんしき)~目で観て楽しむ、目の心、しかし、見る楽しみは長くは続かない。
二つは耳識(にしき)~耳の心、耳で聞いて、楽しむ心、感動する。しかし、もっともっと新しいのがと、続かない。
三つは、鼻識(びしき)~匂いを楽しむ、森の香り、ハーブ、好きな香水。しかし長くは続かない。すぐに消える。
四つは、舌識(ぜっしき)~舌の心、味を楽しむ、好きなものを食べる、しかし毎日食べると飽きてくる。
五つは、身識(しんしき)~身の心、体験を楽しむ、体を動かすとスカッとする。しかし、長くは続かない。
これが、5つの心~前五識 政治も経済も科学も医学も前五識の楽しみを少しでも向上するよう努力する。
六つは、意識(いしき)~前五識を統括する心
・報告をうけて、記憶したり、判断するしたり考える心で思考を楽しむ。
・何かを考え出したり創作したりして喜ぶ。しかし、前五識の喜びと同じで、長くは続かない。
・六の意識の楽しみが続かない理由は、六意識は、肉体のある間だけのもの。「生あるものは必ず死に帰す」
・私たちは必ず死す。
無意識より深い心「阿頼耶識」
七つは、末那識(まなしき)~執着する心「あれは自分のものだ。誰にも渡さない。」と私たちには物や人への執着がありなくなりませ ん。「死にたくない」というのも、この世の中に対する執着です。
八つは、阿頼耶識(あらやしき)~三世を貫く永遠の生命です。
仏教では、「カルマ」は、「業(ごう)」と訳され、意味は「行為」です。
私たちの行為は、「カルマ」となって阿頼耶識に蓄えられます。
私たちの阿頼耶識には日々、無数のカルマがおさまり続けて行きますので、カルマは不滅であり、ゆえにそのカルマが収まっている阿頼耶識も不滅、永遠の生命なのです。
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過去世 「生」 現在世 「死」 未来世
変わらない幸せになるのには、現在世にいる時、皆が心の病にかかっています。意識などの六識の病です。ということは、意識が明らかに自覚出来れば、根本の阿頼耶識は、「過去世」「現在世」「未来世」の三世を貫きますので、永遠の幸せになります。
だから、人は誰も幸せになるために生まれてきていますので、私たちは、生まれただけでも有難い事に気づくはずです。