2026/01/21
私は、この島根県に生まれ、石見人気質の大田市にうまれ、子どもの頃から、物部神社にもお参りしていた。そして、嫁に嫁いだ処は、昔は出雲の国の、山口町でした。土地によって、人々の気質がまるで違った。不思議だなぁと、いつも敏感に感じていた。歴史好きの私は、「国譲り神話」の話に興味深々だった。元々の古代の弥生の頃には、日本には「出雲・葦原の中津国)」の大国主命と、「高天原(大和」」の天照大御神の二つの国があった。高天原側が治めのべきだと、この時に、国譲りの戦いがあり、何年か掛かって、高天原勢力に譲り渡した。実は、この時に、物部氏の一族がこの川合に陣を構え、本当に譲ったのか、見張りをしていた。執拗に尋問していた。どちらかと言うと、出雲の国は、本当に譲ったのかどうか、あいまいもこで、ハッキリとしない処があった。不思議なことに、「出雲弁」として、今も存在しているが、「オンボラとしていて、「好きか嫌いか」がハッキリしない。丁度、京都弁とも、似ている所があり、本心が見えにくい所がある。その点、石見の人は、「本当か」と、ハッキリしている。いやはや、令和の8年なのに、とんと昔の物語りをこの土地は記憶している。摩訶不思議だ。実は、高市早苗総理大臣の摩訶不思議な匂いがする。1300年昔の飛鳥時代のことです。天武天皇の頃、壬申の乱(じんしんのらん)で活躍したのが高市(たかち)の皇子だった。日本の古代において発生した最大規模の内乱だった。
天武天皇の子どもが、高市皇子なのです。天武天皇は日本の戸籍を整えた。「阿頼耶識(あらやしき)」体が記憶している。~日本人はイデオロギーにやられないようにしないといけない。日本人は、高天原勢力と、出雲勢力がある。天武天皇は、転換点にいた人だった。天武天皇は、「みずら」がとれた。安倍首相は、「出雲勢」で、天武天皇は、「高天原勢」です。イデオロギーは、作られたもので、歴史は、存在したものです。
高市早苗総理大臣の所信表明も素晴らしかったです。聖徳太子の17ケ条憲法の話もされ、和歌の大伴家持の歌を披露された。「高円の秋野の上の朝霧に妻呼ぶ雄鹿出で立つらむか」なんて、素敵な方でしょう。
うふふです。1300年の時を越えて、日本の窮地を救う救世主現れたと私は宣言します。さぁ。皆さん、歴史の転換ですよ。一緒に光が射す方へ参りましょう。