面白い記事を見つけた。実は昨年の11月に、ローマ教皇が、来られて、若者に残した言葉。

2020/04/28

私は、この記事を偶然にも見つけた。というのは、この記事は、ローマ教皇が東京にて若者向けに開かれたミサでのスピーチだった。

若者三人が、今の日本での虐めなどの経験を語り、この逆境にどう立ち向かうのかを説くという格好で、教皇がスピーチをされたという格好だった。「日本は、多くの人が人と上手にかかわることが出来ずにゾンビかしている」と、スピーチされた。教皇は、強い言葉で、警鐘を鳴らしたのは、世界中で社会問題化している孤独、つまり、現代人の「心の貧困」だった。人やコミュニティそして、全社会が表面上は発展していたとしても、内側では、疲弊し本物の命や生きる力を失い中身の空っぽな人形のようになっている。笑い方を忘れた人、遊ぶことのない人、不思議さも驚きも感じない人がいる。まるで、ゾンビのようである。最も貧しい人に尽くしたマザーテレサがかって、予言的な事を言った。「孤独と誰からも愛されていないという感覚は最も残酷な形の貧困である」と。

人々は、「何のために生きるのか」ではなく、「誰の為に生きるのか」人々は、自分に聞いてみることが大切だ。私たちが正直であれば、分かるはずだ。若い人が果たすべき役割がある。私たちの選択肢、優先順位について考え方を変えていく必要があるようだ。

私は、この教皇のメッセージの記事を読んで、現代人にかけている最も重要な事だと感じた。とかく、現代人は、今だけ、今が良ければいい、金だけ、損か得か、で物事の優先順位をつけているように思う。大間違いだと、思う。

なるほど、「私は何のために生きるのか」ではなく、「誰の為に生きるのか」「私は誰と人生を共有するのか」

私は、この時気づいた、禅語にある、「利他行」で、「自未得度先度他」であるのだと、

何か、日本人の精神構造が、こうまで崩れてきているのかと、悲しくなった。 しかし、もともと、日本人の「大和魂・武士道」は、ご先祖様から、受け継いでいるはずだ、教皇のメッセージは、戦後敗戦レジュームによる、もしかして、自虐史観の元での、教育だったのかもしれない。まるで、魂をマインドコントロールされた、空蝉のような日本人が出来上がってきたのかもしれない。

 

さてさて、私は、気づきましたよ。自分で考え、何をどうすべきか。自立した日本人に、目を覚ましましたよ。