大航海時代は、世界は、特に西洋は資源と領土を暴力により征服し、支配してきた。

2025/07/02

暴力による支配が続いた。植民地化し、奴隷を使っていた。その点、我が国はどうだったか?我が国、日本だけが植民地を免れ、日本は、自国の内の道徳が行き届いていた。日本は道徳の力で、お天道様が見て御座るといい、支配鳴き統治が行渡っていた。日本の精神性は、共助と文化の力があり、「共存」が、社会の根っこにあり、道徳や文化で、自らを律する精神が培われていたた。約束を守る・「恥を知れ」と、内なる精神の姿勢があった。

その点、西洋は、領土を拡大し、勝者が暴力で支配していた。戦争と革命の連続だったし、西洋は一神教でキリストが全体を支配していた。そして、元々人間は罪人だった。契約にて、正義を主張し、勝者の社会が続いた。その点、日本は、人は本来「善」からなり、人との信頼を主にした。そして、人間も自然界の一部と、見ていた。だから、支配なき統治が出来ていた。社会を信頼する、無言の哲学があった。

となると、今の世の中は、AIが進み、デジタル化となり、キャシュレス社会は、便利で効率的でいいかもしれないが、本当は「人間の知性」を失うことに成る。「考える力」「問いを持つ力」は、人間らしさ」であると言える。すると、どうも、今の時代には、ちょっと、立ち止まって、「人間とは何か」を今一度考える時だと言える。

日本人は人間的な直感、観察する力、人間の知性を重視している。効率、合理性を追求すると、一体どうなる。

日本人は、日本の文化には、茶道・華道・柔道・剣道、書道、と、その道を追求し、人の在り方、心の在り方を、学び、修練鍛錬し、道を見極めようと、してきました。

どうも、新しい時代は、西洋や欧米の、効率や、合理性や、「勝ち負け」ではない、日本的な、精神性溢れる「人間性」を、どうこの地球上に溢れさせるかを問われているような気がしてならない。「勝ち負け」「富と貧」ではなく、精神性溢れるとは、やっぱり、「襤褸は着てても、心は錦」の人間が出てくることだろう。うふふ。やっぱり、その「鍵」は、日本人が持っています。