おはようございます!我が家は、辺りが真っ白なのですが、ここ亀の子に来れば、春近しなのですよ。

2025/02/27

本当に、住めば都って、言うけど、私は、ここ大田が大好きなのです。この田舎が大好きなのです。まさに三惚れなのです。先ず、私の山口町は、「水が美味しい・空気が美味しい・お米が美味しい」+旦那さんです。

では、ここ大田は、「歴史が深い(石見銀山)・国譲り神話からくる石見人気質・霊峰三瓶山」そして、「海あり、山あり、田んぼあり、豊かな郷土が広がっている。」山野草も溢れ、自然界が満ち溢れている。

何処を歩いても、ご先祖さま達の「生きざま」の歴史を感じる。私も、私の生まれは長人村なのですが、何故長久村に生まれたのか、とても気になるのです。私の母親の人生も気になるのです。父親の人生も気になります。凄いですよ。母親の生きざまと、父親の生きざまも、みんなみんな、一生懸命生きてきた人生なのです。その両親の両親も、その時代を一生懸命生きてきた人生なのです。どうでもいい人生なんてなかったのです。となると、私は明治生まれの祖父母がいまし、幸いなことにその明治生まれの祖父母達に可愛がって貰いましたから、その明治生まれの祖父母達の両親となると、過去帳に、文久とか、元治とか、慶応とか、ご先祖さま方の入滅が記載してある。それは、江戸時代の年号である。嘉永6年(1853年」アメリカから「ペリー」が浦賀に来航し、開国を要求。「吉田松陰」が松下村塾を主宰し始める。井伊直弼、「安政の大獄」で吉田松陰ら反対派を弾圧・「桜田門外の変」「新選組」「池田屋事件」徳川慶喜が「大政奉還」「王政復古の大号令」1867年(慶応3年)明治天皇となる。

となると、確かに、私たちのご先祖様方は、江戸時代にもおられて、その前の年代にも、私たちのご先祖様は、今の私たちの命を、運んでいただいたことは、紛れもない事なのです。なんか、真剣に考えてみると、なるほどなぁ。そうだなぁ。と、思いませんか?今の現代人は、どうも、目の先のことばかりで、精一杯と言う人が多くいると思いませんか?なんで、こんなことになった思いますか。私は不思議です。もともと、日本人は、「世のため人の為に、生きます」と、言う人が多くいました。今は、すっかり、自分さえよければいい、お金だけ沢山あればいい、この今だけのことを考えればいいという、個人主義の人が多いと思いませんか?私は思います。個人主義は、利己主義な人が多いです。だから、仲間づくりとか、交流するとか、皆で仲良くするとかは、苦手な人が多いですね。でも、昔の人は、金子みすゞだって、大正生まれですけど、「みんな違ってみんないい」って、いいます。私の母親も、「あんちゃんは、我が家の宝物」と、いいます。ちょっと、昔は、日本人は、「和を以て貴しとなす」といい、利他行があり、「一隅を照らす者は国の宝なり」とも言っていました。「正直者に神宿る」とも言っていました。どうして、こんな、変な日本人が増えて来たのでしょうかね。

今からでも遅くない、気づいたものから、本来の日本人に帰りましょう。