覚醒しつつある日本。江戸末期から明治にかけて

2022/09/05

ここ大田市も、歴史のヒストリーが満載です。身近な所からお話してみよう。今は、ここは大田市だが、江戸末期まで、天領地であった。大政奉還があり、廃藩置県により、天領地は、旧浜田藩領と共に、大森に県庁がおかれた。明治2年である。しかし、翌年に大森県は廃止されて、浜田県となり、大森県庁は、廃止となった。ここは、長久村で、江戸末期から明治にかけては、人々の暮らしも、慎ましいものだった。ここ長久は、長久田代で、広い耕作地で、稲作農家が大半であった。転々と、庄屋屋敷があり、その庄屋の土地を小作人が耕していた。ここ長久村には、長久村の地主の恒松邸があった。明治期に入ってからは、その恒松邸の恒松隆慶氏は、17歳の頃から才覚があり、野井村の年より役に就任し、人望が厚かった。明治14(1881)には、島根県会議員となり、1894年3月(41歳)で、衆議院議員総選挙で島根県4区から出馬して当選した。