お早うございます。素晴らしい秋空です。

2022/08/30

私は、いつものように、朝目覚めると、カーテンを開けます。そして、三瓶山に合掌です。どうも、私は日本人のDNAが受け継がれているようです。幸いなことに、我が家から、真正面に雄大な霊峰三瓶山が聳えているのです。こんなに立地条件がいいところはないのです。毎日がうっとりするのです。

でも、よく考えてみると、いつから、こんな幸せな気持ちを頂くことになったのかと、考えてみました。とんと昔のことですが、明治生まれの大祖母が居た頃に、いつもその大祖母は言っていました。「大正10年(1921)に、都賀本郷から、山越えして、人力車に乗って、多根の宝陀寺に嫁いできました。大きなお寺だったけど、山に囲まれていて、見晴らしは悪かった。

だから、宝陀寺の本寺である、山口の瑞応寺に、引っ越しをした。火災に遇って、にわか普請の小さなお寺であったが、見晴らしは良かった。」と、自慢をして、私にも語ってくれた事があった。でも、その先見の明が、大祖父母にあったからこそと言える。又、大祖父の本堂建設の志にて、設計図も残っていた。大祖父は、願いは達成できず、若くて逝去してしまったが、その志をつないで、孫の代で、本堂建設が叶った。

私も、お陰様で、志のバトンタッチで、継承していくのだなぁと、つくづく運命の不思議さを思わせてもらった。そうか、これが、「天命追求型」だったのだと、気づかせてもらえました。私は、どうも、日本人の生き方は、アメリカ型の成功哲学とは違うなぁと、気づきました。「成功」=「幸せ」とは、日本人は思っていなかったのでは。

人間の進化には、2通りの形があるな。一つは「目的達成型」です。これは、夢や目標を持ってそこに邁進していくタイプです。もう一つは、「天命追求型」です。目の前にある課題に対して、ひとつひとつ力を出し切ることによって次の扉が開き、新しいステージに運ばれて行くタイプです。自分から目標に向かっていくのか、まわりから運ばれていくのか、という違いです。そうか、西洋式と、日本式では、違うぞと、私は、この福祉事業でも感じていました。

実は、この亀の子を経営している時にも、アメリカのビレッジの秋吉氏が尋ねて来られたことがありました。その時に、秋吉氏は、私に、「森山さん。貴女はアメリカに来られんでも、この森山方式でやればいいよ。」と、言われたことがありました。あっ。そうだったんだ。何でもかんでも、アメリカがいいもんだと、思っていた私は、実は、ここで自信がついたのも確かでした。そうだ。私は私のやり方でいいんだと。

実は、日本史を見つめ直した時に、「おかげさま」の精神を持つ日本人の感性に合っているのは、「天命追求型」だと思いましたね。周りから応援されて運ばれて行く、天命追求型こそが日本人の生き方、日本人の夢の叶え方だったのだなぁと、気づいたところです。

だから、私はここさいきんですが、日本人らしい生き方を意識して、日本の四季を楽しみ、三瓶山が眺め、虫の声、鳥のさえずりを楽しみ、空の雲や風も楽しみ、ひとつひとつのご縁を大切にし、今を一生懸命生き、おちょこちょいの自分も受け入れると、あぁ、何て、私は幸せなのだろうと、今を楽しみ。すると、人生に風が吹き、思っても見なかった場所に運ばれます。

命が運ばれた先が、それが本当の「運命」ですね。