「大御宝(おおみたから)を鎮(しず)むべし」

2022/07/06

「国家」の中で支え合う「大御宝」~この国の歴史が庶民によってつくられたのと同時に、この国は庶民が安心して暮らせることを目的として建てられたものです。そのことは、初代の神武天皇が即位されたときに、宣言されています。『大御宝(おおみたから)を鎮むべし」と。

「大御宝」とは、『日本書紀』では漢字で「元元」と書いています。

漢文では単なる「人々」という意味ですが、我が国では大和言葉で「おおみたから」と読ませたのです。したがって、日本の「庶民」は、「大御宝」と考えられていたのです。そして、その「大御宝」が「鎮むべし」、安心して暮らせるようにしよう。と神武天皇が即位の際に宣言されています。

続いて神武天皇は、「八紘一宇(はっこういちう)~「八紘(あめのしたを(おおひて・宇・いえにせむこと、又良からずや」と述べておられます。

「大御宝」といっても、個人が国家に頼り切って安楽な生活をする「福祉国家」を目指したのではありません。一家の中で、祖父母、両親、兄弟から幼児まで、それぞれ処を得て、一家全体のために支え合う、それを「大御宝」の理想の姿とされたのです。日本語の「国家」には、わざわざ「家」の宇を添えられています。国とは家と同じようなものと見なした先人たちの国家観が、「国家」というたった一つの言葉からも窺(うかが)えます。国史の小名木義行(国史啓蒙家ねずさん)は、外国語でこういう表現はありませんと言われています。では、現代日本は国民を「大御宝」として大切にしているか?

まるで、今の時代は、「大御宝を鎮むべし」とは、反対の方向に行っているように思えます。この「大御宝を鎮むべし」をいかに実現するかを考えれば、「希望のかたち」が見えてきます。高齢化そのものは長寿という、おめでたいことなのです。そして、お年寄りの幸福とは、何歳になっても、元気で仕事をしたり、社会の為に役立って、自分なりの居場所を持てることです。

我が国では高天原の神々も、田んぼを耕したり機織りをしています。それが大御宝の幸せの姿です。そのためには、健康寿命を伸ばさなければなりません。

寝たきりにならずに自分の力で健康に暮らせる。そういう寿命を健康寿命といいます。それが、現代の「大御宝」を鎮めるための政策なのです。このように大御宝を大切にする国家とは、どのような形であるべきか、それを考えたのが、『この国の希望のかたち新日本文明の可能性』です。

私は、「あんちゃんは、我が家の宝物」と言った、母親を持って、幸せでした。やっとやっと、日本人の「おおみたから」の言葉は、日本人の「言霊」だったのだと、理解することができたのです。感謝感激しています。