こんにちわ。このコロナ禍で、いろいろなものが見えてきましたね。

2021/06/03

実は、当亀の子では、朝礼、終礼を毎日、やっています。創立当時から、亀の子工房では、私が、毎朝朝礼の時に今日の始まりの号令をかけ、それぞれの部門は、○○をします。と、「今日一日の工程を話します」この事項は、それぞれの、担当のメンバーがします。そして、一斉に、作業に取り掛かります。そして、終礼では、各部門ごとに、記録をして、振り返りをして、一日を終えます。それを、ここ10年前から、私は月曜日だけ、朝礼に参加するようにしました。何故かと言うと、スタッフが1週間ごとに、全職員が朝礼の号令をし、一口メッセージを発言することにしました。もう、10 年を迎えることにより、職員は実に上手に「一口メッセージ」がまとめて発言出来るようになりました。初めの頃は、私も心配で、ソロっと聞いたりしていました。最初は、職員も、しどろもどろでしたが、最近では、とても、うまくまとめて話が出来るようになったところです。そこで、今日は、職員に聞いてみました。「あなた達。朝礼で、とても上手に発言が出来るようになりましたね。」と、伝えました。すると、「施設長 !!  今のメンバーさん達は、テレビを見ないのか、「大阪なおみさんの一石を投じた話題をしたのです。」すると、知らないよ。」と、話が見えなくて、困りました。」と、答えてくれました。

私は、本当だね。今の社会構造は、世間や、社会を、どんな風に、情報を受けているのだろうかね。自分の周りの情報を得るのにどうしているのだろうかね。テレビも見ない、ラジオも聞かない、新聞も見ない、「本も読まない」となると、一人一人は、社会の中で、どうやって生きて行こうとしているのだろうかね。

となると、どうも、時代は大きく変わり始めて来ています。今までの、私が目指していた、社会構造とは、もう一度、振り出しに戻って考える時なのかもしれません。今までは、谷中輝雄先生の、「ごく当たり前の、生活を実現させ、さらにより豊かな生活を手に入れるよう連帯の輪を拡げましょうだった。」その、「ごく当たり前の」を、見直す時が来たのかもしれない。「ごく当たり前」は、「生きているだけで立派です。」が、分かっていないと、「当たり前」を理解することが難しくなってきたようだ。