いやはや、物事の真実が見えてくると、物事が明るい方に向かいますね。

2021/05/19

私は、本当にこのコロナは、一体なんであったのか。ちょうど一年と、三ヶ月経って、見えてきたような気が致します。本当に、この一年間は、闇の中で、何か手探りの感じでしたが。少しずつ、闇が晴れて来て、深層の部分が、明らかになってきたような気が致します。しかし、政治の世界、マスコミ関係、マスメディア、ジャーナリスト、世界の覇権戦争、コロナ戦争、ウイルス戦争、ワクチン戦争、「何が何して何とやら?~♪」で、世間は、偽物、本物が混在して、毎日、テレビでも、地方の告知放送でも、詐欺被害に気よつけましょう。と、放送が流れています。本当に流行と言うのでしょうか、「空気感染」は、知らぬ間に、閉塞感にて、暗い社会になっていきます。自粛ムードが蔓延し、「三密」「ソーシャルディスタンス」と、掛け声で、より、その速度は増して行きます。仏教用語では、不染汚(ふぜんな)といいます。仏教では、汚染と言わずに染汚の順で用いています。「汚」を汚れの意味に使い、「染」を心がとらわれる意味に使い、「染汚(ゼンオ・ゼンマ・ゼンナ)」として、「煩悩で清浄な心を汚すこと」を表してきたのです。煩悩に汚されないことを不染汚(ふぜんな)と言います。覚りというふぜんなの心を得るためには、修行をしなければいけません。しかし、「修行によって覚りを得ようと考えることは、修証を染汚するものである」とも説かれています。

修行は目的達成の手段ではないということです。となると、修行も人生も同じです。何かをするときは、ただただそれをすることです。となると、このコロナ禍の中であっても、煩悩(世間の闇とらわれない)(清浄な心を汚されずに)にと、冷静に落ち着いて、今の状況を見極める力をつけていくことになります。悪魔は細部に潜むともいい、天使も細部に宿るともいいます。

だからこそ、ふぜんなにより、真理を見極めれば、自ずと、道は開いてくるような気が致します。

特に、今の日本人、何かが欠けているなぁと、感じてきましたが、「根っこ」が大地に着いていなかったのです。

私は、大田高校卒業ですので、作詞・土井晩翠 作曲・山田耕筰 の大田高校の「校歌」が、脳裏に焼き付いています。

「大地に根を据え 三千余尺 三瓶の名山虚空を凌ぐ 見よ見よ向上理想の影を 健児よ 自然の教えに学べ』

「根っこ」が、やっぱり大事ですね。