奈良の斑鳩(いかるが)町の法隆寺と、中宮寺は、僧寺・尼寺の関係があったと考えられます。

2021/05/10

私は、この中宮寺の本尊としている、弥勒菩薩半跏像に魅了されて、法隆寺に参拝した折に、中宮寺にもお詣りし、幸いにも、弥勒菩薩様のポスターを求めることが出来たのです。そのお寺は、飛鳥時代に聖徳太子のお母さまの穴穂部間人皇后ゆかりの尼寺です。

聖徳太子がお母さまの為に、この弥勒菩薩像を作ったのです。素敵な事だと思いませんか。古代から、母の日があったような気が致します。

松原泰道のことばに、素敵な言葉を見つけました。

『仏教には「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)』という言葉があります。

煩悩が多ければ多いほど、それがまた縁となり仏になる可能性も高いという意味です。

私たちは日々苦労を重ね、思い悩みながら生きています。

だからこそ、それが信心によって人生の肥やしとなり、

人さまの苦しみが悲しみがわかる人間に、そして、

人さまの幸せをも願える人間に生まれ変わることができるのです。』

『老い』~老いてなお丹精(たんせい)の美あり~の中で、詩人の「をさ・はるみ」さんの詩がありました。

『わたしがわたしになるために 人生の失敗も必要でした むだな苦心も失敗も骨折りも悲しみも

すべて必要でした わたしがわたしになれた今 みんなあなたのおかげです。

恩人たちに手を合わせて ありがとうございます

と、ひとりごと  』

年老いて、口を開けば、人の悪口や愚痴をこぼすような人は、錆びた茶釜、欠けた花瓶と同じではないでしょうか。

さびやすい茶釜を丹精して手入れするように、人間も、さまざまな失敗や欠点を丹精することで、年をとった人が本当に美しくなる。

「老いたるは、なおうるわしい」。 丹精の美しさを身につけたお年寄りになりたいものですね。