おはようございます!

2019/09/12

今日は、爽やかな風が吹き、気持ちのいい朝です。お気に入りのブログ拝見で~す。わぁ。夕陽の掛戸松原です。

絶景スポットです。その昔は、松の木があったのですが、今は二世が植わっているとか。ちょうど蝋燭岩になるとか。うふふ。とんと昔のことです。鎌倉時代のことです。刺鹿に住む庄屋の有馬五郎右衛門が、何年もかけて、波根湖から日本海に向けて、切り拓いた所に、掛けた細長い島が残った。その上には松の木があったという。とんと昔の我が郷土なのです。ブログ拝見でも、あぁ。私たちは、今、令和の時代を迎え、どんな時代になろうとしているのかと、想像します。特に、私は目の前の三瓶山を毎日仰ぎ見て、いつも変わらぬ三瓶山に、いつも守られているようで、感謝の合掌をしています。すると、今日は珍しい彼女が、私の部屋にご挨拶に来られました。「施設長お久しぶりです。今日は外泊をいただいたので、顔を見に来ました。うふふ。太ってしまって、元気で~す。」「あらら。ようこそ。よく来たわね。ありがとうございます。」「それで、あなたは、今、太ってもいいの?」「いけないのだけどね。」「あれれ。だれの体なのかしら」「私の体です。」「じぁ。体的には、太ってはいけないのね。」「分っているのですよ。」「あれれ。心身一如って、言うけど。心と体がバラバラなのね。」「体はSOSを出しているのだけど、心がその体のSOSをちゃんと聞こうとしないのね。」「どうしたら、いいと思う?」と、しばらく押し問答をしました。

つい最近のことなのですが、9月7日に新たに設けられた女流タイトル戦に勝って史上初となる「女流六冠」を達成した、出雲市出身の里見香奈女流五冠が、そのインタビューに「心身一如」の色紙をもってインタビューに答えておられました。

「自分の人生の主人公は自分なのだ」というときに、「自分」とは、必ずや、「心身一如」でないと、自分ではないことになる恐れがあることになります。 実は「命の尊厳」も、「心身一如」でないと、本当の自分に出会えないことになるからです。おぉ。くわばらくわばらですぞ。