ほんに、春のこの季節は、お天気も、そぞろで、千々に乱れます。

2019/04/11

お天気なのに、雨が降ったり、青空が広がったと、思うと、黒い雲が出てきたりと、私の心も、そぞろとなりそうです。うふふ。自然現象って、ままなりませんね。でも、よく考えてみると、ままならないから、面白いのかも知れませんね。私は仏教の生きる意味を現代にという、勉強を続けている。何故かというと、今年の年賀状にも、「初春を祝い、生きる意味は幸福を伝えたい」として、皆様に年賀状をお出しした。実は、このことは、とても意味深いことで、この勉強は、これで終わりということはない。きっと、今後も私は追い求めて行くことだろうと思う。相田みつをの「一生勉強 一生青春」なのかな。しかし、この気持ちがあることは、勉強を重ねれば重ねるほど、人間って、こんなにも知らない事があったのだと、改めて、凄いなぁと、感じます。その昔、母が言っていたことが浮かびます。「あんたが知っていることは、爪の垢ほども知らないことだらけだよ。世の中は、知らない事が、溢れているよ。ちょっと、知った位で、天狗になるもんじゃないよ。」と、言われていました。アハハ!この歳になって気がつく、あんぽんたんでした。うふふ。母も草葉の陰で、大笑いしていることでしょう。「あらら!やっと、気づいたらしいね。まぁ!気づいただけでも、儲け者だな。」と、父親と話していることでしょう。

そうなんです。人間には、一人に108つの煩悩があります。その108つの煩悩が、私たちを苦しめます。大晦日に除夜の鐘を108つ、つくのは「今年も1年間、煩悩に苦しめられてきたので、煩悩をなくして、来年は幸せな1年になるように」と、願いをこめて、お寺で108回、鐘をついています。しかし、そんなことで、煩悩をなくすことはできません。そして、この煩悩は、人間であればみんなが持っているものです。108つの中でも、「三毒の煩悩(さんどくのぼんのう)」があります。それが、「貪欲(とんよく)・瞋恚(しんい)・愚痴(ぐち)」の3つ煩悩です。私は、この三毒を「貪・瞋・痴」(とんじんち)と、言います。貪欲は、欲の心です。もっともっとと、限りなく欲しがり続けます。瞋恚は、怒りの心です。どれだけお金があっても、仕事がうまくいってもいても、家族の仲が良くても、怒りの心によって苦しみます。愚痴は、うらみや、ねたみの心です。このように、三毒の煩悩によって私たちは日々苦しめられるのですが、まだあと105もあります。私たちを苦しめ続けます。さてさて、どうすればいいのでしょう。仏教では、私たち人間は、「煩悩具足」と教えられています。「具足」とは、それで出来ていると言うことですから、煩悩100%と言うことです。ちょうど、雪だるまから、雪をとったら何もなくなってしまうように、私たちから煩悩をとったら何もなくなってしまいます。煩悩の魂と言うことです。

では、苦しみはなくならないのでしょうか。仏教では、苦しみ悩みの根本原因は、煩悩ではなく、その煩悩ではない苦悩の根元の心をなくせば、「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」煩悩があるがままで絶対の幸福になると、教えられています。うふふ。凄いでしょ。実は、この実践を、私は目の辺りで体得したことがあったのです。

それは、明治生まれの大祖母でした。94歳で往生しましたが、「貪瞋痴」を捨てて、大往生しました。

うふふ。人生って、凄いね。