劣等感が大きい人ほど他人の欠点に敏感になります。

2018/12/12

自分に自信が持てない人というのは、「自分の弱さ」に悩んでいるのではなく、実は、「他人が自分を正当に評価してくれていない」ことで苦しんでいるのです。「自信がもてない」という嘆きの裏には、「自分を認めてくれない他人」への非難があります。本当は、「まわりの他人が、もっと積極的に自分の事を尊重してくれれば、こんなに苦しまずにすむのに」と言いたいのです。「なかなか友人ができない」と悩んでいる人は、「誰かと仲良くしたい」と思っているのではなく、「誰かに仲良くして欲しい」と思っています。自分の意志によるものではなく、他人の気分ひとつによって簡単に左右されてしまうものに悩んでいるから、いつまでたっても自分の力では解決できないのです。このことは、どこでも発生しています。例えば、会社で、思いやりのない恋人、意地悪ばかりする嫁、姑・・・。心無い他人に傷つけられているせいで自分は不幸なのだ、と嘆いている人も多いことでしょう。

相手が心を入れ替えて、もっと自分を尊重してくれたら、自分も少しは相手を優しくしてあげられるのに、と思っている人もいるかもしれません。しかし、お互いに「相手が変わらなければ、自分も変われない」と思っていては、まったく進歩がありません。相手に変わってほしければ、まず自分の「相手に対する態度」を変えなければならないのです。「相手の方が間違っているのに、どうして自分が変わらなければならないのか」と、譲歩することが敗北であるかのように考えてはいけません。かたくなに譲らない人のほうこそ、実は敗北者なのです。

「相手が変わったおかげで、自分も変われた」というのでは、相手の方が上手だったということになってしまいます。「意地っ張りな他人」を非難しておきながら、本当は意地を張っていたのは自分だったと言うことです。その方が、かえって悔しい結果ではないでしょうか。他人と勝負したいなら、「どちらが先に折れるか」で張り合うのではなく、「どちらが精神年齢が上か」で競い合えばよいのです。誰かがあなたにつらく当たるのは、やはりあなたに対して何か不満があるからです。もしあなたが、「自分には何一つ落ち度はない」と思っているのだとしたら、そのごう慢な思い上がりこそが、最大の過ちだと言えるでしょう。「他人が先に変わること」を求めるのは、幼稚な子どもです。他人の悪いところをいちいちあげつらっていては、一生かけてもきりがありません。劣等感の大きい人ほど、他人の欠点に対しても敏感です。先に自分が変わることで、人生の満足度は大きく変わります。他人が自分を尊重してくれなくても、自分は他人を尊重すればいいのです。他人に裏切られても、自分は他人を裏切らなければいいのです。自分の幸せは、自分の意志で作り上げるものなのです。人付き合いに勝ち負けはありません。「損をすること」に怯えて神経をすり減らすよりも、「損得など気にしない」ことのほうが、はるかに心豊かに生きることができ、自分にとって絶対に「得」なのです。

「自分には何一つ幸福なことがない」と思っている人は、そのごう慢さゆえに罰を受けているのです。

不幸を嘆いている人は、与えられたものに感謝せず。ないものばかりを数えているのです。

「隣の芝生は青い」という見方を捨てなければ、どれだけ幸福を得ても、満足できることはありません。

自分に自信がもてないと言う人は、自分と向き合うことから逃げてきた人なのかもしれません。「自分を認めてくれない他人」を非難し、゜どうせ自分なんか」と自己卑下して開き直っていれば、自分の劣等感と直面することは避けられます。しかし、自信をもつためには、劣等感も含めて自分を受け入れるよりありません。

自分の本当の心から湧き上がる声に耳を傾けて見よう。  こころのおそうじ。からでした。