2018/12/11
実は、職員の忘年会で、法被を着て、「いろは歌」の不思議について、小噺ができた。続いて、平安時代に作られた「いろは歌」の七五調の手習い歌があった。江戸時代の元禄年間には、ポルトガルから伝わった「かるた」から、「いろはカルタ」が使われ始めた。「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うえのおくやま けふこえて あさきゆめみし よひもせすん」さぁ!はじまりはじまりと、「い」から始めました。「犬も歩けば棒にあたる」これは、江戸かるたですが、大阪では、「一を聞いて十を知る」なのです。「ろ」論より証拠。「は」花より団子・「に」憎まれっ子世に憚る・「ほ」骨折り損のくたびれ儲け・「へ」下手の長談義・下手の横好き・下手の考え休むに似たり・「と」灯台もと暗し・年寄りの冷や水(江戸)・「ち」塵積って山となる・地獄の沙汰も金次第(京都・大阪)・「り」良薬は口に苦し・律義者の子だくさん(江戸)・「え」縁は異なもの味なもの・縁の下の力持ち「そ」袖振り合うも他生の縁・損して得取れ・・・・平成生まれの人は、案外知らない人がいましたね。私は昭和の生まれでも終戦直後に生まれていますので、両親が大正生まれですので、とっぷり、「欧米化」では、なかったので、古き良き日本人の精神文化が残存していたようです。だから、私の子ども達は、昭和の後半に生まれていますので、遊びなども、例えば、歯医者さんに連れて行ったり、車に乗せてどこかへ行く時には、時間がいっぱいありますので、この「いろはかるた」を「い」から順番に、当てっこ遊びをしていました。そして今現在は、私の孫達に、この「いろはかるた」をして、遊びましたね。孫達は平成生まれですけど、こうして、つないでいくこともできますね。でも、多くの人達は、時代が大きく変わり、核家族になったり、時代の変化によって廃れてきたのかも知れませんね。素敵な日本文化があるのですもの、これからも、私はつなげて行こうと思っています。