お早うございます。なんとも物騒な天災が立て続けに発生しています。

2018/09/07

どうも。とんと昔の鎌倉時代にも、災害が頻繁に発生していたと、「方丈記」鴨長明が書き記していた。と、すると、今年は日本では大きな天災が起こる時代に突入しているかもしれませんね。私は、明治生まれの大祖母を思い出します。「大難は、少難に、少難は無難に!」と祈ることにしています。

さてさて、昨日は午後から浜田合同庁舎に行きました。亀の子の職員のYさんと行きましたので、Yさんの運転でした。お昼は江津の「森のレストラン」で食事をすることにしました。この「森のレストラン」は、障がい者支援事業所のB型なのです。とてもお洒落なレストランです。イタリアンぽい感じで、周りはガラス張りです。私達はカウンター席に陣取り、厨房が丸見えです。その中には、「訓練実習生」の名札をかけた人もいます。ウェイターで運んで下さった方はダウン症の方でしたが、とても手慣れたものです。次々と、説明しながら運んで下さいました。私達も、「ありがとうございます」と、声をかけます。とってもいい感じでした。お腹いっぱいになりました。私はパンの一切れと、ケーキの一切れは、紙にくるんで持って帰ることにしました。そして、浜田に向かいます。浜田合庁は、街中にありますので、高速には乗らず、9号線の道を行くことにしました。ずいぶん前には、浜田にはちょこちょこ行っていたのです。西川病院やアクティブ工房や、共同作業所がありましたし、その昔は、西川病院のケースワーカーさん達には、随分と助けてもらった事がありましたからね。亀の子を立ち上げてからも、西川病院のしおさい祭りには、販売にも出かけていました。ここ最近はご無沙汰していますので、久しぶりに浜田合庁に行きました。入り口が以前と違いましたので、ちょっと戸惑いましたが、無事に行きました。

障がい支援区分認定市町村審査会委員研修会及び障がい者支援区分認定調査員研修会でした。長ったらしいですよね。要は、私は大田市の審査委員なのです。職員のYさんは、認定調査委員なのです。

平成18年に障害者自立支援法が施行されました。その時に、「障害者程度区分」の判定をするようになったのです。実は、介護保険の介護認定の判定も平成18年度から区分判定をするようになったのです。実は、私もこの時から大田市の介護認定審査会委員並びに障害者支援区分認定審査会委員になったのです。

実は、この時にも、大田市の審査委員の方から、介護認定審査会委員と、障害者支援区分認定審査会委員とは、別物なので、別々にして欲しいと、意見が出されていました。私は、こんなに小さい大田市に於いて、別々にすることにはどうも腑に落ちず、私が初めて、審査委員の合同会議の時に、一言、申し述べさせていただきました。それ以来、そんなことを言う人がいなくなり、今日に来ています。私は、やっぱり「物申す」ことは、大切なことだなぁと、身に染みて思っています。何故かと言うと、他の市町村は別々に取り組んでいるところもあるようですが、某市では、今までやっていた「障害者程度区分」では、上位区分変更が三障害者全般に多くあり、それを是正して、平成25年(2013)障害者総合支援法施行になりました。認定調査項目の見直しがなされ、106項目から80項目となり、新規に6項目が追加されました。健康・栄養管理。危険の認知。読み書き。感覚敏感・感覚鈍麻。集団への不適応。多飲水・過飲水などなど、大幅に変更されました。特に、障がい程度区分の場合は、「出来たりできなかったりする場合」は、「より頻回な状況」に基づき判断していましたが、「障害者支援区分」では、「出来たりできなかったする場合」は、「できない状況(支援が必要な状況)」に基づき判断することになった。

新たな判定式(コンピューター判定式)を用いての判定ロジックとなり、より判定が正確に近づいたようです。だから、審査会に於いても、上位区分変更は、著しくなくなりました。しかし、某市では、未だに、上位区分変更があり、島根県全体では、この某市のお陰でか、まだ汚名が拭えないところです。

今回は、初めての試みで、認定審査委員と、認定調査委員との合同のワーキングでしたので、とても面白かったです。全てのケースで根拠が発生して、判定になっていることが理解できたかな。