お早うございます。今日も猛暑です。

2018/07/17

暑い日々が続いています。この間梅雨明け宣言したばかりですのに、そして、まだ学校は夏休みに入っていませんのに、一体どうしたことなのでしょう。私は昭和生まれですので、私たちの子どもの頃の夏休みは、こんなに熱暑、酷暑ではなかった気がいたします。我が家は、お寺ですので、「施餓鬼法要」今では、「施食会法要」を、8月18日にやっていたのですが、余りにも暑いので、早めて7月21日にすることになったのです。うふふ。今考えてみると、余計に暑くなったようです。その為に、先週辺りから、庭の手入れ、境内の草むしり、そして、おばあちゃんの洋服の片づけと、着々とやってきました。資源ごみは、野城のリサイクルセンターへ、燃やせるごみは、五十猛の処理場へと、片づけましたよ。日曜日でしたのに、次々と来られていました。まぁ!私が、今は元気で動けますので、汗だくになりながら、孫に手伝ってもらいながら出来ましたけどお片づけって、本来はとっても大切なことなのですね。身辺が整理整頓されていれば、とってもシンプルにスリムに、スマートに快適に生活が可能になります。だから、私は、お寺に嫁いでからは、年に三回の法要があるのですが、その度に、お庭の草むしり、窓ガラス拭きを、定期的にやっていました。若いころは、不足や不満を言って、仕方なしにやっていたような気がいたします。それが、いつ頃から、こうして年三回の法要のお陰で、いつも綺麗にして行くことができる。今では、いつ法要をしてもいいほど、綺麗にしてあると言えます。そして、昨年亡くなった母の事を思い出しました。里の母は、いつも身辺整理をしていました。着物ダンスの着物を、たとう紙のままで、沢山の着物を出していました。私は娘を連れて尋ねると、母は、「家の孫達には、先に、ばあちゃんの着物を選んで、欲しいものはとったから、今度はそと孫のあんたが欲しいのがあれば、とってもいいよ。どうぞ。」と、娘は大喜びで、「じぁ。このコートを貰おう。この銘仙の着物を貰おう。」と、大弾みでした。そして、娘は母の銘仙の着物を着て、お正月に見せに行きました。その姿を見て、里の母は、自分の思い出を語ってくれました。「その銘仙の着物は、母が機織りをして、姉さんと私に織ってくれたものだよ。女学校の頃にこの着物を着て、袴をはいていたよ。小学校の先生をしていたころにも、着ていたよ。」母の嬉しい顔が、目に浮かびます。 私も、母の着物に随分助けて貰いました。大田市役所から「人権について~随所に主となす~」の講演をお願いされた時に、母の夏物の着物と帯をして、講演をさせて貰いました。この時も、いつも母がいるようで、安心してお話をさせて貰うことが出来ました。

里の母も、生前中に着物を整理したり、身辺を整理していましたので、本当に、素敵な母親でしたね。先輩の女性達の生き様は、私にとって、「お手本」です。