ココ・シャネル!利口な女なんて100万に5人よ❣️

2018/05/06

あはは🤣凄いですね!女性を腰ベルトで縛らず機能を重視して、上品で女性らしくそして自分らしく振る舞える。自由な女性を創造してきた、ココ・シャネルでした。出生を明らかにせずでしたが、1884年フランスの片田舎のソミュールで生まれました。貧しい家庭の出身でした。父親は留守がちで、母親は12歳の時に亡くなり孤児院で過ごしました。17歳の時に、パリのキャバレーで歌っていました。その時の歌が「ココ♫」の歌が流行り、ココ・シャネルに、本名はガヴリエルでした。実は、娘の頃のことでした。私が高校を卒業して、名古屋栄養学専門学校の入学式に着る服でした。我が大田市の唯一の仕立屋「みどりや」さんがありました。母親はその「みどりや」さんにお願いして、シャネルのスーツを仕立ててくれました。ウール生地で、茄子紺の千鳥格子柄に、首周りと、手首周りと、襟なしで真っ直ぐにカットした所に縁取りした茄子紺のレースが取り付けてあった。あの時のあのシャネルの服は私の脳裏に刻まれている。シャネルは、1939年の56歳の時に引退した。戦争が激しい時で、ナチスドイツに占領されていた。1944年フランスは解放されたが、シャネルはドイツ人将校と通じていたので、パリを離れてスイスに住んでいた。しかし、1953年フランスのパリに戻った。70歳だった。再び、ファション界で活躍した。パリでは不評だったが、アメリカでは賞を取った。となると、私が18歳の時は、シャネルさんは82歳だったと言うことになりますね。

いやはや、凄いですね。今日も、テレビを見ていて、あれ❗️シャネルさんが着ているスーツは、私が着ていた服と同じだ❗️と、妙に嬉しくなりましたね。1971年1月11日に、87歳でホテルで亡くなりました。

シャネルさんは、女性の精神科医の親友がいて、その女性とも、亡くなった日にも、夕食を共にして、ホテルでお別れした。

やっぱり、こうして生きているだけでも、過去の人生が蘇ってきます。無駄な時間はないなぁと思いますね。

さて、4連休の最後の日なのですが、午前中は何とか雨も降らずでしたが、とうとう午後は雨模様です。私はチューリップ🌷を片づけて、次のお花を植えるために、花壇を整えようと思っていましたが、残念です。お家の中を片付けましょう