今日も、知らないことは、愚かだなぁと、実感です。

2017/09/14

「明治維新の謎」をフーヴァーレポート会員ですので、送ってきました。西鋭夫先生の講義です。途轍もない歴史なのですが、西先生の講義は、とても面白く聴けます。今までの表面的な中学校、高校での明治維新とは、全く違い、何故、我々は、明治維新の本質の所を知らずに来たのだろうかと、不審です。それでも、私は歴史が大好きですので、明治維新の話は大好きでした。北海道の函館へ行ったときには、新選組の土方歳三の墓標にお参りしたり、函館寄港に新島襄の銅像にもお目にかかった。坂本龍馬もあの破天荒な生き方に魅力を感じ、竜馬亡き後の竜馬の妻の龍(りょう)も気になっていた。1906年1月15日66歳亡くなった。竜馬は1867年12月に暗殺された。坂本竜馬にしても、岩崎弥太郎にしても、何故、あんなに行動できたのか、軍資金もなく、動かれるわけがないのにと、疑問すら浮かばなかった。何と、歴史には表舞台と裏舞台があったのです。いやはや、歴史は凄いです。それも、日本列島のみの事ではなく、地球規模なのですよ。ちょうど日本は江戸時代で、250年の鎖国時代でした。世界では、あの時代はイギリスは大帝国で、インド、中国を植民地国として、世界を牛耳っていた。

インドでは、アヘンを栽培し、アヘン戦争を2回も戦い、中国でもアヘンによって、戦勝国となり、莫大なお金を稼いでいた。イギリスのジャディマチソンが支配し、その部下のトーマス・グラバーが長崎のグラバー邸に入っていた。丁度、その頃、坂本竜馬がグラバーとも友達となり、グラバーは、幕府にも軍艦を売りつけたり、薩摩、長州にも武器を売りつけたりしていた。しかし、そのやり取りは、金銀が無いので、署名押印の紙切れだった。

ペリー来航した時にも、黒船に対抗できる兵器は全くなかったのです。

日本以外のアジア諸国は例外なく白人国家の植民地、半植民地状態でした。 そこで、グラバーの仕掛けで、長州ファイブの5名がイギリス・ロンドンに留学した。そして、2年後、薩摩の国も16名留学した。

各大名がバラバラにそれぞれが、日本を分けていては、植民地化されてしまう、それを回避するために、日本を統一し、政府がこれを主導した。あの5人の留学した者たちが、政府の重鎮となった。

ここで、日本はアヘン漬けにならず、政府がコントロールして、薬として使うことにした。

いやはや、賢き日本人の所業は、計り知れない。あの頃の時代は、劣っているのは日本人だと、日本人をバカにしていた。如何せん、日本人は賢かった。