お早うございます。温故知新を改めて思う。

2017/09/06

歴史の大好きな私は、時々、タイムカプセルに入ったように、空想の世界に入り込んでしまいます。まず、私が暮らしている我が家は、いったいどうだったのだろうと、というのは、とんと昔は簸川郡に属し、出雲の国の文化が流れていたようだ。明治生まれの大祖母は、都賀本郷の江川沿いから、嫁に来た。大正の頃の交通機関は川が交通路だった。舟に乗り、粕淵で降りて、陸路です。人力車に乗り換え、粕淵から志学へ志学から多根へと。嫁入り道具は、大八車で運ばれたという。結婚式も、神仏混合で多根の佐比売山神社で行われたとか。そして、昭和の初めには、今の我が家の山寺に居を構えた。昭和に入って、木炭のバスが初めて通るようになった。それまでは、馬が一番に早い乗り物だった。100年前の時代と、100年後の現代の姿、誰が想像していたのでしょうか。

タイムカプセルから、現実の社会に出てみると、私たち人間様は、こんな文明の利器により、豊かな暮らしを築いて下さった先人達に、大いなる感謝をしなければなりませんね。我々は、そんなことを梅雨も知らずに、大きな顔して、「そんなことは当たり前の事だ」と、感謝もせずにいる人の多いことか。情けない人が多いのか。そして、「損だ・得だ」と、算盤勘定をしだす。それを、また、社会は価値観の多様性だと、いいはじめた。おっと、待ったと言いたい。「金が先か、人が先か」と、我々は、考える時代に来ていると思う。どうも、日本人は、精神面をもう少し鍛えて、人間とは何か、人生とは何か、平和とは何か、幸せとは何かを、自分にも問う時が来たようだ。

ここ大田市も500年前の石見銀山が「世界遺産」になったということは、先人達の「功績」が実在したことにつながる。