情報に惑わされない。流行に流されない。その為には。

2017/08/18

ほんにほんに、この世は不思議なところだと、つくづく思う。つい先日も、お誘いがきた。「夢のイストワール展

Part5」を東京の大崎のO美術館で、来年の1月19日(金)~1月24日(水)開催との事です。

その一節に、人は夢を見ることがとても大好きです。その想いを形としていく沢山の事を積み重ねて繁栄してきたそういう生き物のようです。そして、常により以上のものをめざす・・・・・想像力と気づきそれは夢のイストワール(=物語・歴史)です。

そうそう、私たちが誕生した時代は、どんな時代だったのでしょうか。特に、私は明治生まれのお祖母ちゃんのお話が夢の世界のようで、いつもおねだりをしてお話を聞いていました。お嫁に来るときは、江川の上流の都賀本郷から、舟に乗って、粕淵で降りて、それからは人力車に乗って、山を越えて来たという。水道は無いので、大き水瓶に水を汲んできて入れていたとか。ガスは無いので、かまどやくどで薪をくべて、ご飯の仕度をしたという。洗濯物は、井戸で水を汲み、洗濯たらいで、洗濯板で洗濯をしたという。そんな何もない時代の話を聞くことが大好きだった。どうも昭和のはじめの頃は、そんな暮らしだったようだ。ゆっくりと、手間暇かけて、一つ一つの生活の暮らしを重ねて来ていたようだ。そんな平和な長閑な暮らしの中に、戦争が勃発し、市井の人々は飲み込まれて行った。どう抗うことも不可能であったようです。そして、1945年8月15日が終戦記念日となり、市井の人々の生活は、どん底の暮らしとなった。そんな中、私達はこの世に誕生してくるわけです。だから、貧乏が当たり前で、節約するのが当たり前で、物を大切にすることは、当たり前のことだったような気がする。でも、子ども達は、大らかにのびのびと、明るく育ったような気がする。テレビもない時代で、野山で駆け巡ってあそんでいたような気がする。ままごと遊び、お人形さん遊び、あやとり、おはじきと、ゴムとび、手まり遊び、陣取り等々、何でも遊びにしていた。今思えば、いい時代だったなぁと思える。車もない。遠足も歩いて、何処でも行っていた。そう思うと、急激に時代は進んできたのだろうか電車も電化式になったのは、昭和48年頃なのだろうか。それまでは、蒸気機関車SLが走っていた。自家用車も、その頃から、各家に自家用車があるようになった。

では、「あれから40年経ってみれば」は、まるで夢の世界と言っても過言ではない気がする。とすると、今の時代をありがたく享受し、それをいかにいい方向に進めるかだと言える。それは、もしかして、人間がもっと、成熟した人間になる必要があるのではないかと言える。さて、果たして、幾人の人が、該当するのだろう。私も、もっと人として学ばなければ、無理なような気がしてならない。相田みつをさんの「一生青春、一生勉強」は、もしかして、そんなことを示唆しているのかも。。修行ですね。