峰の色 谷の響きも 皆ながら 吾が釈迦牟尼の 声と姿と 道元禅師

2017/05/16

うふふ。今の春の山は、峰の色も、谷の響きも、鳥の声も、風の音も、一木一草に至るまで、仏の命を宿し輝いています。私のお気に入りブログの方からも素敵な一句が出ています。

☆パレットに 絵の具の足りぬ 春の山  (歩地爺)

☆新緑の 声となりたる 沢の音 (智)

☆新緑の 五臓六腑に 沢の音  (歩地爺)

☆新緑の 額に入りたる 三瓶山 (歩地爺)

「光陰は矢よりも迅(すみ)やかなり、身命は露よりも脆(もろ)し」

本当に、我が国は、素晴らしい四季の移ろいがあり、感じることができます。

自然界は、山・川・草・木と、万物は静かな生き死にの流れの中にあります。悠々と無常の時を刻んでいます。

そんな悠久の生命の生死の流れがあるのみです。人間だけが心身を悩ますいっさいの欲望、すなわち煩悩により、自分の足下すら見えず、歩むべき方向を見失っています。こんなに素敵な四季のある国に住み暮らしている。しかし、現代人はその素晴らしい我が国に暮らしているのに、四季の移ろい美しさに感動する心を失ってしまったのだろうか。特に現代人は、情報の氾濫で、何でも手っ取り早く情報をつかみ取ることが可能です。そして、何でも知ったかぶりをする人が多くなりました。情報に翻弄させられ、浮き草のように漂っているようです。

うふふ。先代達の素晴らしい一句に出会うと、すべて生死の流れの風景です。ことごとくが輝きに満ちあふれありのままに生死の流れの風景を露呈しています。生きること、死ぬこと、人とは、幸せとは、環境とは、社会とは、家庭とは、いずれも生死の風景であることに気づきますね。生きる喜びとは何か、それは生まれてきたこと、生死の流れの中に生きていることです。

うふふ。緑のそよ風♬いい日だね♪ 蝶々がひらひら ♪ 豆の花 七色畑に妹のつまみな摘む手がかわいいな♬

と、歌いたくなります。