この子を置いて死なれませんではなく、この子のお蔭で宝物を見つけました。

2017/04/12

私は、ずっと以前から、家族の方たちから、「この子を置いて死なれません。」「この子の為に苦しい想いをしました。」「この子の為に、肩身の狭い思いをしてきました」「かわいそうな子です」「大目に見てやってください」「この子はまともではありませんから」私は、こんな言葉を、沢山の家族の方から、ずっとずっと聞いてきました。その度に、何故か腑に落ちぬ私が居ました。何故かというと、「この子」とは、メンバーのことなのです。

では、「この子」のメンバーは、親からいつも「お前はかわいそうな子だ」「お前の為に親は苦しんできたのだ」「お前の為に肩身の狭い思いをしてきたのだ」「お前はまともではない子だ」なんて言われて来たのでは、「この子」は、たまったものではないことに、私は気づいてしまいました。いわれなき偏見ですね。

今日も、年配のお母さまが娘の姿を見に来られました。その年配のお母さまは、とてもお洒落で素敵なお母さまです。私も久しぶりだと思い、ご挨拶をしました。すると、そのお母さまは、「私は娘のあの年頃の時は、とても苦労したのですよ。」「え!娘さんは、とてもお元気で、人の悪口は絶対に言わない、亀の子では、天使のような人だと、喜んでいるのですよ。」私は見かねて、そのお母さまに言いました。「娘さんのお蔭で、お母さまがお元気で、素敵に生きて行かれるのではないのですか」娘さんが、お嫁に行って遠くへ行っていても仕方ないですのに。お母さまと娘と暮らすことが出来るなんて素敵ではありませんか。と、言ってしまいました。

すると、そのお母さまは、「本当ですね。娘のお蔭で、習字教室をしたり、海外旅行にも行けるのですね。」娘に、感謝感謝ですね。

やっぱりですね。命は宝物だと思われます。そして、子は国の宝とも言います。今の現代人は、目に見えるものだけを価値あるものにしてしまう怖れがあります。気よ付けたいものです。