2021/04/05
そして、もう一つ、「太陽に 光を返す 辛夷かな」、山吹の花を見て、脳裏をよぎるのが、「七重八重花は 咲けども山吹の 実のひとつだになき 悲しき」の歌です。このエピソードが凄いです。『江戸時代の前期の頃、江戸城築城の頃のお話です。城普請の太田道灌は、江戸の奥山に鷹狩に出かけた。雨が降って来たので、近くの民家に立ち寄った。傘か蓑でも借りようかと。すると、少女が出て来て、一枝の山吹の花を差し出した。そこで、太田道灌は腹を立てて、「花が欲しいのではない」と言って、帰ってしまった。太田道灌は、何故、あの娘が、山吹の花の小枝を渡したのか。疑問に思い、聞いてみた。すると、近心の一人が進み出て、「醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が読まれた、「七重八重花は咲けど山吹の(実」みのひとつだになきかなしき」という歌があり、その娘は蓑(みの)ひとつなき貧しさを山吹に例えたのではないでしょうか。 凄いよね。江戸の初期ですよ。山の中の娘が、和歌集を詠み、教養を持ち備えていたなんて、素敵な事ですね。うふふ。今の現代人は、見習うべきことですね。
今朝の朝礼でのことです。お釈迦様のお誕生日が、4月8日なのです。その日は、「花まつり」をします。我が家はお寺ですので、御堂があり、その御堂の屋根が板敷になっております。その板敷に、沢山のお花を飾ります。柱も全部お花で飾ります。御堂の中に、蓮の池のような器に甘茶を入れます。そして、「天上天下唯我独尊」のお釈迦様を安置します。それを、「花御堂」といい、その昔は、その花御堂を担いで、町を歩きます。そして、歌います。「お花をあげましょう捧げましょう。今日は、嬉しい花まつり」そして、甘茶をいただきます。そんな、話をしましたが、亀の子のメンバーの方は、ほんの数人の人が知っておられましたが、大方の人はご存じない、ちょっと残念でした。というのが、イエスキリストのお誕生日は、皆様知っていて、クリスマスケーキを食べます。
私は、驚きでした。アレアレ、クリスマスケーキは、いただいて、食べるのに、お釈迦様のお誕生日の「甘茶」は、いただいたことがない。やっぱり、「食い気」の欲望が勝のですね。いやはや、面白いです。
それでも、日本人は、凄いと感心します。クリスマスをお祝いし、「花まつり」もお祝いします。寛大で寛容な精神と、「あるがままに」受け入れ、人を排除しない精神は、一体どこから来たのでしょう。そして、和を以て貴しとなすという、聖徳太子まで、遡ってしまう。一人一人が、間違いなく持っている精神です。有難い事です。