うっとおしい日々が続いています。

2016/06/20

「随処に主となす」~いのちについて~パワーポイントを使って、お話を進めて行こうと思った。と言うのは、5年前にふれあい会館にて、障がい者の人権について、話させて貰ったことがあった。その原稿もあったりしたので、その原稿を基にして、障がい者の人権に特化せずに、今回はお話をさせてもらうことにした。少しでも、大田市民が人権意識が高まるようなお話をしていければ、嬉しいかぎりである。それにしても、こうしてお話をさせてもらうことが、本当に有りがたい事だと言えるかもしれない。基本的人権の尊重とは、この地球に住む人間にとっては、とても大切なことであったのに、その大切さを疎(おろそか)にしてきた。日本の歴史からも古墳時代(西暦600年前後)の聖徳太子の時代の頃に「和を以って尊しとなす。」としてきた。戦後の日本の憲法に、「憲法17条」の第1条の冒頭にでてくる。日本書紀に載っている。

「書紀」の訓(よ」み方、平安時代中期の書写)では、この箇所を「和(やわら)ぐを以(も)て尊しとし・・・・」とよんでいる。そのあとは「さかふることを無き宗(むね)とせよ。・・・・」と続く。

第一条全体の主旨は、この言葉を知っている多くの日本人が抱いているイメージとはやや違っている。

人はえてして派閥や党派などを作りやすい。そうなると偏った、かたくなな見方にこだわって、他と対立を深める結果になる。そのことを戒めているのだ。それを避けて、人々が互いに和らぎ睦まじく話し合いができれば、そこで得た合意は、おのづから道理にかない、何でも成し遂げられるというのだ。ただ「仲良く」ということではなく、道理を正しく見い出すために党派、派閥的なこだわりを捨てよ、と教えています。

実は最後の条文、第17条と対応している。内容は、「重大なことがらはひとりで決定してはならない。必ず多くの人々とともに議論すべきである。・・・(重大なことがらは)多くの人々と共に論じ、是非を検討してゆくならば、その結論は道理にかなうものとなる」などなど、とても大切な事柄なのだと、気づくことができる。

そこで、私は、このお話も少しさせていただければと、奈良の中宮寺の弥勒菩薩半跏像をお見せすることにした。と言うのは、亀の子で奈良の法隆寺に行った時に、プロマイドを求めていたのだ。その中宮寺は、聖徳太子のお母様のために建てたお寺であった。その中の弥勒菩薩様です。そして、この菩薩様は、世界の三大微笑の像なのです。一つは、エジプトのスフィンクス、二つは、レオナルド・ダビンチの「モナリザ」です。そして、三つが中宮の弥勒菩薩さまでした。そこで、私のお気に入りのフェルメールの青いターバンの少女を加えて四つにしたのですよ。さて、素敵なパワーポイントの資料ができますよ。