「八紘一宇(はっこういちう)」GHQが禁止していた言葉です。

2020/06/30

戦後教育を受けた私たちは、戦後の1947年に教育基本法が制定され、6 -3~3~4制、男女共学や義務教育制度が定められました。日本の歴史、地理、修身の授業が停止されました。この「八紘一宇」も、禁止しました。どんな意味かというと、「日本書紀」巻第三の神武紀で、神武天皇が大和橿原(かしはら)に都を定めた時の神勅(しんちょく)に、「六合(くにのうち)を兼ねてもって都を開き、八紘(あめのした)をおおいて宇(いえ)と為(せ)んこと、またよからず。六合とは、「天下、世界」、八紘とは、8つの方位から「全世界」、宇とは「家」をあらわす。全世界を一軒の家のような状態にする。と、解釈し日本的な世界統一の原理として「八紘一宇」を造語した。

しかし、悲しいかや、この「八紘一宇」は、何故か、中国の、「一帯一路」に、汚染されそうなのです。何故、こんなことになるのでしょうか。あぁ。日本人は、もっともっと、日本の歴史を知るべきではないでしょうか。ご先祖様に対しても、現代人は汚染されないように、賢くなりたいものです。  「八紘一宇」と「一帯一路」を、そもそも、共に並べるだけでも、不謹慎なことなのに、日本人よ。賢くなりたい。

運命は自ら招き、境遇は自ら創る、幸運は偶然には来ない。ひとの知らぬところで努力は積まれている。

善根を積むことは、見えないようでも、積善の家には必ず余慶がある。

我々の行為経験は、尊いものでも悪いものでも、決してそのまま消失せず、必ず何らかの形で蓄積され残っていくものである。誤った行為も、小さな善行も、その蓄積された経験が、後の経験を幾何級数的に増幅して行くのである。それが幼児の間はほとんどが祖先や両親の業により、子どもの頃の成績が青年になり、若い時のやり方で老後が定まり、祖先から子孫にも、町にも国にも人類にも互いに影響を及ぼし合っていく。これが「業(ごう)行為」であり「縁起(えんぎ)」である。知恵を磨き能力を養い、努力を傾倒して、大いに善業を積むべきである。「壁に耳あり障子に目あり」「天知る地知る己知る」「天網恢恢疎にして漏らさず」運は毛の生えた球だという。それは風に乗って飛んで走っている。誰の前でも毎日、いろいろ大小さまざまな運が走っている。つかもうと思っても、つるりとすべる。ただ業にかなった運だけがその大きさの業を備えた人の前で(縁)「ピタリ」と止まるの(運)である。好運は善業の前に留まり、悪運は悪業の上に留まる。人間の運命を決定するのは、その人間の「業」以外の何ものでもない。