2026/02/18
それも、缶コーヒーを持って訪ねて来てくれた。ゆっくりとお話を聞くこととした。とても仲の良い、母親と二人暮らしの親子だった。母親は働き者で、いつも明るくて、家の中は明るかった、子どもも、病院から退院させ、在宅で暮らしていた。障害年金で暮らしていた。時々、亀の子にも遊びに来ていた。お母さんも、家族会に入会していた。山椒の芽が出ると持ってきてくれていた。そして、あれから、30年の歳月が経過していたのでした。
彼は、語ってくれました。母親は、痴呆が入りまして、去年の夏ですが、石東病院に入院しました。兄が大阪から帰りまして、一緒に入院になりました。兄は、70歳になりました。僕は68歳になりました。兄は、ボクの方へ安否確認の電話があります。私は、あぁ。私は、大変だったんだなぁと、思いました。それで、貴男は、今、貴男は、日々、どうしているのと尋ねると、週2日は、病院のディへ、後は、訪問看護と、訪問ヘルパーを迎えていると言う。私は、成るほど。成るほどと。地域福祉が整備されているなと安心したとこです。
すると、ここへ来るのにタクシーで来たのですが、タクシーの運転手さんがここの職員さんの旦那さんなのですよ。「あらら。そりゃあ。良かったねぇ。」あのぉ。又ぁ。亀の子へ来てもいいですか。」「いいですよ。」と。