面白い本が、手に入った。日本国史上、下です。「日本」とは何か。「日本人」とは何か。

2024/08/29

いやはや、この歳になって、やっと、本当の日本の姿が、見えるようになったということは、本当に有難い事だと言える。そして、私が、明治生まれの祖父母達に出会えたことも、そして、大正生まれの両親の子どもに生まれてきたことも、実は、意味が有ったのだと分かる時が来たのです。そして、私は、大東亜戦争で亡くなった父親を持つ夫に出会い、お寺と言う場所に嫁いだことも、そして、そのお寺は、特に禅宗だったので、僧籍を維持するために、高階隴仙禅師に仕えていた、僧侶が、お寺を維持管理するためにと、お寺を救うのも「仏作仏行」だと、勇敢にも、中継ぎを覚悟しての、入籍だった。そして、あの頃、私に、「貴女は、赤い糸で結ばれていたのですよ。お寺にご縁が有ったのですよ。」と、栄心(えいしん」尼僧に言われたことが有った。今に思うと、宿縁だったようだ。そう思うと、実は、次から次と、父親が、大東亜戦争に行き、9死に一生を得たことも。母親が、私が5才の時に、「我が家のあんちゃんは「宝物」」も、全て、私の今日の行く末を、明るく照らしてくれるものになっている。そして、お寺に嫁いだのも、溢れるほどの禅語にも、出会いました。その中で、「如是」とあるのですが、私はこの言葉が大好きです。真実でありのままということなのですが、人の命も、この世に誕生した命は、どの命も要らない命はないということです。どうも、ここの所が、西洋とは、違うようです。日本では、この世に誕生した命は、全て善なのです。善ということは、目出たいことなのです。西洋は、生まれた時から罪人なのです。だから、日々、懴悔(ざんげ)して、「お許しを」と、祈ります。日本人は、ここの所が、大きく違います。

日本人は、こうして、ご先祖を大切にし、お墓参りをします。そして、日本人は、家族を大切にし、昭和の頃の家庭には、どの家にも、仏壇があり、朝に夕に、お参りしていました。お爺様やおばあ様がいる家庭は、いつも「お経」を唱えていました。さてさて、令和になった現代はいかがでしょうか。核家族化し、お仏壇のない家庭が増えていますね。 実は、我が家はお寺でしたので、本堂と、内仏さんが有ります。内仏さんに、手前の寺族の位牌があります。私が、我が家は、日本の家族としては、ちゃんとお陰様で、子供たちに。継承させて貰えているなぁと、安堵している所なのです。手前の孫も、お寺の子どもとして、地区の棚行のお手伝いをしてくれます。本当に有難いなぁと、合掌です。お盆には、総勢16名の子ども達が集まったのですが、どの子も、お墓参りをし、本堂、内仏さんと、手を合わせて、参拝してくれたのです。本当に、有難い事でした。

実は、床の間に、相田みつをさんの「育てたように子は育つ」を掲げていました。なぜかと言うと、この「育てたように子は育つ」は、私の目標として、掲げていたのです。その位、子育ては、本気でやらないと、とても難しい事なのです。私は、今の皇后陛下の雅子さまのお母さまが、結婚されるときのインタビューで、「私は、緊張の舞台で育てました。」という言葉を言われたのです。今でも、記憶していることは、よっぽど印象に残ったのでしょう。しかし、こうして、緊張の舞台で育てると、ちゃんと、子どもは育つのだなぁと、実感できましたね。

さぁ。私は、いつも、なんか変だなぁ。おかしいなぁと、思っていたことが、次から次へと、真相が見え始めてきましたので、とてもワクワクと、これからが、実に楽しく生きて行けるようになりましたよ。お楽しみにして下さいね。