2018/09/03
8月31日東北地方が大雨警報とか、山形へ早速にlineをします。「大丈夫です」と、すると、9月1日には、山形からlineが来ました。「ニュースで大田市で土砂崩れと。大丈夫ですか❔」と、そうなんです。夜中に、避難勧告が出ましたものね。しかし、「大丈夫でした。」と、lineです。私はどうも大雨警報が出ていましたので、やきものの里へ行くのは止めて、お片づけをしました。大祖母の箪笥の整理をしました。明治生まれ大祖母の着物がまだそのままでした。丁寧に仕舞ってありましたので、解いて使える物と、リサイクルに出せるのと別々にして、整理をしました。その中に大祖母の布のお財布が出てきました。小銭入れに10円玉が入っていました。昭和53年の製造でした。そして、小さな紙切れが出てきました。4つにたたんでありました。なんと、その紙切れは、大祖母が大正10年ごろにお嫁に来た時の、大祖母のお里のお父様から嫁に嫁いだ先の夫、森山賢隆様宛てのお手紙でした。大祖母は、いつも大切にお財布に入れて、御守りと、しておられたようです。何か、胸熱くなるような感動を覚えました。凄いなぁ。と、大正時代から昭和の時代へと、そして、平成の時代へと確実に時代は、進んできています。私は、こうして、大祖母や大祖父や又その昔のご先祖様たちと、命のバトンが繋がってきているなぁと、有り難く実感させていただいています。
そして、9月2日(日)は、とてもいいお天気になりましたので、温泉津のやきもの館に行くことにしました。早めに行こうと、9時過ぎに我が家を出ました。だから10時前には着きました。やきもの館の荒尾館長の子どもさんがいました。もう、小学校1年生になられたのですよ。早いものです。その小学校1年生の男の子さんは、赤ちゃんの頃は、「武者人形」のように可愛いかったです。1年生になっても、その逞しさは変わりません。そして、驚いたことには、その僕は、電動ろくろを扱っているのです。真剣そのものです。粘土を両手で筒形に押し上げ、右手の親指を中に入れてくぼみをつけます。私はとても驚きでした。やっぱり、こんなに小さい時から本物に触れながら陶芸が出来るなんて、素晴らしい、素晴らしい環境にいることが嬉しくて、たまりませんでした。すると、その僕は、私に、「森山さん!見てね。」と、声かけてくれます。私は、「見ているよ。僕のその真剣な眼差しは本物だね。森山のおばちゃんは、今日はいいもの見せてもらったよ。」「今度来た時には、もっと、上手になっているからね」ですって。嬉しいね。私も、途中で我が家に帰りお昼を食べて、又、行ったりして、予定の「ふむふむ地蔵」を10ケと、中のを1ケ作ることが出来ました。4時半頃でした。その後、群言堂に注文していたものがあり、仁摩から大森線を抜けて行けました。私は大森へ行くときには、いつもタイムカプセルに入ったようになり、とんと昔の風情がすっと入ってくるような感覚になるのです。そして、ゆっくりと、ゆったりとした自分になれるのです。特に群言堂の飾らないさりげない、雰囲気がとても気に入っているのです。現代人は、目立つ色とか、目立つ音とか、目立つ建物とか、とても騒々しいのです。うふふ。私は目立たない、静かな音、目立たない古びたものが妙に似合っているのでしょうかね。落ち着くのです。群言堂の店員さんも、素敵なのですよ。出しゃばらない、それでいて優しい感じが素敵です。ゆったりと時間が流れているようで素敵です。そして、大森へ来たら、必ず求める「ごま豆腐」があるのです。その日は、すっかり遅くなりましたので、あるかなと、覗いてみましたらありました。嬉しかったです。すると、店主は、もし、閉まっていましたら、前が自宅ですので、「声をかけて貰っていいですよ」ですって。有り難いですね。