2018/05/29
上島喜朗氏、ジャーナリストです。上島氏は、エリート揃いと言われる新聞業界の中で、異色の経歴を持つ方です。昭和33年(1958)年長野県上伊予郡辰野町生まれ。母一人子一人の家庭環境で育つ。中学生時代、家計を支えるために始めた新聞配達がきっかけで、毎朝、全国紙と地方紙に目を通すようになる。読書家で、新聞・雑誌への投稿少年でもあった。一方で、梶原一騎の劇画「空手バカ一代」の世界に憧れ、空手にも熱中。中学卒業後は、「真の文武両道」を目指して、高校へ進学することなく社会に出て働きながら独学を続けた。その後、空手修行のために四国に渡り、21歳で愛媛県松山南高等学校に入学。働きながら空手修行と投稿を続け、卒業後に愛媛県南部の地方紙の社主の目に止まり、新聞記者の道へ。平成2年(1990)年秋、産経新聞社の中途採用試験に「学歴高卒」として応募、大学卒業以上という受験資格の壁を乗り越えて合格、産経新聞社に入社。凄い人を見つけましたよ。その人から、自分の祖先の歴史を知る事で、自分自身が何者か気づくことができ、確固たるアイデンティティや信念を持つことができます。そして、「自立した人間」になれるでしょう。アメリカを始めとした連合国は戦後、われわれ日本人の祖国の歴史への誇り、故郷や同胞への愛着、そして私たちの精神的な強さをとても怖れていました。2度と強い日本を見たくないと思い、私たちの思考を破壊し、精神を打ち砕くべく、私たちから「日本人のための歴史」を奪いました。「祖先の歴史を知る事は、力なり」です。我々は今、一人も残らず、過去の先人たちの想像を絶するような努力と献身の上で生活しています。誰一人例外なく、その恩恵を受けていない人はいません。それを知らぬ存ぜぬでは、無責任です。何より恥ずかしいではありませんか。
◎ 明治開国以降の日本国家の目的
1・独立主権の維持
2・○○秩序に代わるアジアの安定
3・人種の平等
◎ 日本の自衛と他国への干渉という苦悩
私は、子どものころから、命の不思議を常に感じながら生きてきたように思います。そして、両親の、この世に誕生した命は、「人として」の命は、全てが同じ、「宝の命」をいただいているぞ。平等だ。その「根っこ」のお陰で、私は真っ直ぐに立つことが出来ているのかもしれない。